『ときはててのち』前口上

何か一通りの出来事の後になって、あの時、あの頃の答え合わせをしようとしても、実際には時間が戻るわけでも事実が変わるわけでもないので、結局はなんにもならない。よくあることかと思います。
現実がどうかを見るまでもなく、多くのフィクションの中でも、何かの真相を探り、求めていた答えを得て、さてどうするという場面が発生する時によくあるやつです。
復讐を果たしても死んだ人間は戻らない事実と直面し葛藤するなどは定番の展開と言えるでしょう。
そうでなくとも、物語が動く大きな動機ではあったものの、展開していくうちに重要な要素であることには変わりないものの、ひとつの通過点に過ぎなくなっている場合が見られます。

『覆水盆に返らず』という諺を思いおこすまでもなく、我々は不可逆の時間の中を生きていて、その中で考え、行動し、また、考えを翻したりします。
「あの時」として思い出されるものについて考える時、私たちは一体なにを求めているのでしょうか。
なんらかのやり直しや軌道修正。または、二の轍は踏まずという確認作業。果たしてその結果として、どんな今後を求めていくことになるのでしょうか。
常に『塞翁が馬』であるために必要なことは何か、そんなことをずっと考え続け、模索している様に思います。